言語は文化の一部である。日本語には敬語や謙譲語といった言葉が存在し、目上を敬う日本文化が言語に現れている。それと同じで、全ての言語はその国の文化を表しているのである。さて、戦後日本は中国に対し経済援助や政治的援助、その他多くの援助を国家、民間問わずに、行ってきた。現在の中国があるのは日本のおかげといっても過言ではないだろう。しかし、中国は日本に対し謝意を表明するどころか、反日教育を施し、領土問題を引き起こし、最近では日中関係は戦後最悪とも言われるようになっている。もっとも、これには様々な要因があるのだが、中国語という言語にも原因があるのではないだろうか。ここでは、中国語の「不用謝」という言葉から日中関係について考察してみたい。
「ありがとう」は中国語では「謝謝(シェシェ)」と言う。「どういたしまして」はいくつかあるが「不客气」、「不用謝」などがある。この中国語の「どういたしまして(不用謝)」が日本の好意に中国が謝意を表しない原因なのではないだろうか。
中国語の「不用謝」、これを日本語に翻訳する際は「どういたしまして」で構わないのだが、正確にはこれでは中国の文化をうまく表現できていない。中国語の「不用謝」は日本人なら、漢字から意味がわかると思うが、「感謝は必要ない」と言う意味である。これは単に「ありがとう」への返事として使われるのではなく、本当に「感謝は必要ない」という意味で使われる。例えば、友達から何かを借りて、返すとき、「谢谢」というと「不用謝」と返される。単なるありがとうへの返答と考えていると、少し誤解が生じる。これは文字通り、「友達なのだから、お礼なんて言わなくていい。ただ返してくれればそれでいい」という意味なのである。それだけではなく、むしろ「友達なのに、なぜお礼を言うの?」、「お礼を言われるなんて、友達じゃないみたい」とまで中国人は感じるようです。従って、親しい間柄では特にお礼は言わない、むしろ言われると距離を感じてしまう、そうなのです。従って、中国人がお礼を言葉に出していうのは、あまり親しくない間柄に限るようです。
さて、これを戦後の日中関係と照らし合わせてみましょう。戦後、日本は過去の戦争での中国への侵略に対する謝罪として、政府援助(ODA)、人道支援などを通して様々な援助を行ってきました。また、天安門事件以降、国際社会から孤立してしまっていた中国は、日本の天皇訪中という形で、国際社会の信頼を取り戻します。しかし、多くの中国に対する好意に反し、中国は江沢民主導によって反日教育を始めます。
その結果、2004年、アジアカップで日本対中国の対戦後、中国のサポーターが暴動を起こした。また、2010年、尖閣諸島沖で中国の漁船と海上保安庁の船が衝突し、中国側の船長が日本側に逮捕されたため、それに対する反日デモが広がりました。更に、2012年には尖閣諸島を日本政府が購入したことに反発し、中国各地で反日デモが広がりました。
このように、中国と日本の関係は良くなるばかりか、むしろ悪化の道を歩んでいます。日本の援助に対し、中国は少しも謝意を示そうとしません。中国側は日本が過去にした侵略に対して謝罪として援助しているのだから、感謝する必要はない。と考えているようです。しかし、中国が日本の援助に対し、謝意を表しない理由は、中国の文化も少なからず関わっているのではないでしょうか。
日本と中国は歴史的に長い付き合いがあります。日本の文化は多大に中国の影響を受けています。現在我々が使っている漢字も元はといえば、中国で作られた文字です。また、近年で言えば、中国で重要な役割を果たした中国人のほとんどは日本へ留学していたのです。
このように、日本と中国の関係は切っても切れない仲なのです。さて、それを中国国民、中国政府がどのように認識しているかわかりませんが、他の国々と比較すると、日本は歴史上密接な関係があったのは事実です。仮に、現在の日本を中国の「友」としたとき、中国は日本へ謝意を表明するでしょうか。
中国の文化は、親しい間柄では礼を言わない文化です。従って、たとえどんなに親切にされても、お礼を言うことは、つまり「距離を置いている」ことの表明になるのです。
日本には「親しき仲に礼儀あり」と言うことわざがあるように、どんなに仲の良い友達や、家族であってもお礼を言うことは大切なことと教えられてきている。しかし、中国は違います。
戦後、どれほど日本が中国へ援助を行っても、中国が日本へ謝意を表明しないのは、中国の文化というのが少なからず影響しているかもしれません。
※もっとも、文化だけではなく、それ以外にも政治的な要因が多数あるのが現実だが、文化的影響ももしかしたらあるのかもしれない。
おしまい
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